水の都バンコク


タイ王国の首都「バンコク」というのは、外国人がこの都市を呼ぶ名称です。正式名称は「クルンテープ=マハーナコーン」です。
タイの現地の人たちは、「クルンテープ」と呼びます。
バンコクは、昔、「東洋のベニス」と呼ばれるほど、水上交通が盛んな都市でした。
バンコク・ヤーイ運河とバンコク・ノーイ運河の入り口付近が人の集まる中心地でした。まさに「水の都」だったのです。
「バンコク」という名前は、このふたつの運河からとられたものだったのです。

現在、バンコクの交通機関は、陸上交通が中心です。バス、タクシー、および、三輪自動車の「ロト・トゥクトゥク」がものすごい渋滞を生み出しています。
そのため廃れつつあった海上交通が見直されてもいます。朝のラッシュ時には、是非、運河をゆったりと定期船で北上してみてはどうでしょう?
バンコク市内を蛇行するチョプラヤー川には定期船が運航され、川を横断する渡し舟も活用されています。

開発が進むにつれ、タイの都市(ムアング)も変わりつつあります。
変わりつつある今だからこそ、タイを訪れてみるのはきっと貴重な旅となると思います。
かつてタイの都市は、城壁、壕または砦に囲まれ、外敵や賊の侵入にそなえたつくりをしていました。
これに対して現在の都市(ムアング)は、ホーング・テーウという、一階が店舗で二階、三階が住居あるいは借家アパートという、どこも似たような外観が列をなす商業地域となっています。
これらは、大半がタイ国籍ではある、中国系商人によって建てられたものです。
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タイ王朝の誕生


バンコクから北へ80キロに、古都アユタヤの遺跡があります。アユタヤ王朝はビルマ軍の侵入で廃墟と化しましたが、その広大な遺跡は、かつてのアユタヤ王朝の隆盛を忍ばせます。
「アユタヤ」という名称は、インドの長編叙事詩「ラーマーヤナ」物語でラーマ王子の国、インドのアヨーディヤにあやかり、アユッタヤーと名づけたのが始まりと一般に言われています。

タイの最初の王朝は、13世紀にタイ北部(現在のスコータイ)に作られたスコータイ王朝です。
3代目王ラームカムヘーンが、「水に魚あり、田に米あり」と詠った碑文を残すほど、豊かな国だったと思われます。
この王朝は14世紀に入ると次第に衰えてきます。
そしてそれと並行するようにやや南部に建設されたのが、アユタヤ国家(ムアング)です。
そしてスコータイ王朝は、アユタヤ王朝の属国になり、アユタヤ王朝は現在のタイ国土の基幹を形成したのです。

古都アユタヤは、チャオプラヤー川そその支流に囲まれ、国際的な貿易港として栄えました。
カンボジアのクメール王国(アンコール王朝)を衰退に追いやったのがこのアユタヤ王朝です。
日本の山田長政が活躍したのは、このアユタヤです。

16世紀にビルマ(現在のミャンマー)の侵略によって滅ぼされました。
その後、タイでは、18世紀のトンブリー王朝、チャクリー王朝が続きますが、19世紀、イギリスと友好通商条約(ボーリング条約)を結び、植民地化の危機のなかで独立を維持してきたのです。
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タイの世界遺産


タイ王国には現在、ユネスコの世界遺産に登録されている遺産が全部で5つあります。
◆文化遺産
スコータイの歴史上の町と関連の歴史上の町・・・(1991年)
アユタヤの歴史上の町と関連の歴史上の町 ・・・(1991年)
バン・チアン遺跡・・・(1992年)
◆自然遺産
トゥンヤイ-ファイ・カ・ケン野生生物保護区・・・(1991年)
ドンパヤーイェン-カオヤイ森林地帯・・・(2005年)
◆複合遺産
なし

地域別には、以下の通りです。
◆北部
●スコータイの歴史上の町と関連の歴史上の町
・スコータイ歴史公園
・シーサッチャナーライ歴史公園
・カムペーンペット歴史公園
◆中部
●古都アユタヤ
●トゥンヤイ-ファイ・カ・ケン野生生物保護区 - (1991年)
・トゥンヤイ・ナレースワン野生生物保護区
・フワイ・カーケーン野生生物保護区
●ドンパヤーイェン-カオヤイ森林地帯 - (2005年)
◆東北部
●バン・チアン遺跡 - (1992年)
●南部
なし

「アユタヤの歴史上の町と関連の歴史上の町」は、現在、「古都アユタヤ」の名前で登録され、その公園内には次の遺跡があります。
・王宮
・ワット・プラシーサンペット
・ウィハーン・プラモンコンボーピット
・ワット・ウォーラチェーターラーム
・ワット・ローカヤスター
・ワット・ラーチャブーラナ
・ワット・マハータート
・ワット・プララーム
・ワット・ウボーソット
公園外にもさまざまな観光施設や遺跡が残されており、アユタヤ遺跡を訪れたら、ちょっと立ち寄ってみてもいいかもしれませんね。
たとえば、南部には、14世紀から18世紀まであったといわれる「アユタヤ日本人町」の面影をみることができます。
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アユタヤの歴史


アユタヤは、チャオプラヤー川とその支流に囲まれ、水運に恵まれた土地です。
アユタヤの中心部は、東側をバサック川、北側をムアン運河とロップリー川、西と南側をチャオプラヤー川に囲まれ、大きな島状の地形を成しています。
鉄道駅は島の外、バサック川の対岸にあることから、駅からは渡し舟を使って島部へと渡ります。

ユネスコの世界遺産に「古都アユタヤ」の名前で登録されているアユタヤ遺跡は、バンコクの北方約80キロに位置します。
13世紀にタイ初の王朝、「スコータイ王朝」が誕生しあと、スコータイ王朝の衰退と並行し、14世紀ウートン王がここに王朝を築いたのが、アユタヤ王朝の始まりです。

アユタヤ朝がこの地に生まれた14世紀当時、ここは「アヨータヤ」と呼ばれ、スコータイ王朝の支配下の都市国家でした。
その後、水運に恵まれたアユタヤ国は繁栄を続け、15世紀には「シャム」という名前で、カンボジアのアンコール王朝を、さらには近隣のアジアのみならずポルトガル、スペイン、オランダ、イギリス、フランスなどとも盛んに貿易をしていたようです。
国際都市としてのその名は世界中に知れ渡りました。
日本人の傭兵隊長、山田長政が活躍したのもこの頃です。

しかし18世紀になるとビルマ(現在のミャンマー)軍の攻撃によって、滅亡へと追い込まれたのです。
現在、「古都アユタヤ」として世界遺産に登録されている「「アユタヤの歴史上の町と関連の歴史上の町」の公園内には次の遺跡があります。まずは、最も重要なワット・プラシーサンペットから歩いたらいいでしょう。3基のセイロン様式の仏塔に圧倒されてください。

・王宮
・ワット・プラシーサンペット
・ウィハーン・プラモンコンボーピット
・ワット・ウォーラチェーターラーム
・ワット・ローカヤスター
・ワット・ラーチャブーラナ
・ワット・マハータート
・ワット・プララーム
・ワット・ウボーソット
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古都アユタヤの遺跡


「古都アユタヤ」として世界遺産に登録されている「アユタヤの歴史上の町と関連の歴史上の町」の公園内には次の遺跡があります。
・王宮
・ワット・プラシーサンペット
・ウィハーン・プラモンコンボーピット
・ワット・ウォーラチェーターラーム
・ワット・ローカヤスター
・ワット・ラーチャブーラナ
・ワット・マハータート
・ワット・プララーム
・ワット・ウボーソット

まずは遺跡のメインともいえる、「ワット・プラシーサンペット」から、歩き始めてはいかがでしょう。
「ワット・プラシーサンペット」は、チャオプラヤー川とその支流で四方を囲まれた島状のアユタヤ地域の中央部からやや西よりに位置します。アユタヤ駅からミニバスかトッォクトォクで15分です。
第1級の王室守護寺院で1491年に建造されました。
アユタヤで最大規模を誇ったものの、1767年のビルマ軍の侵略により、破壊されました。
現在は、石灰によって白くなってしまった3基のセイロン様式の仏塔しか残っていません。このセイロン式の仏塔は、15世紀に建造されたもので、歴代3人の遺骨を納めます。
今は、白く石灰化してしまったとはいえ、わずかに残った3基の仏塔が、消えてしまった往時を忍ばせます。
この寺院は、旧王朝宮跡に建てられた寺院で、新王宮はこのすぐ北側に建てられましたが、それも今は、土台と柱の跡が残っているだけです。
寺院名のワット・プラシーサンペットは、ここにまつられていた仏像に由来します。この仏像は、1500年にラーマティボディ二世の命で作られ、高さ16m、250kgという巨大な仏像で、全身が純金で覆われて光り輝いていたといわれます。
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ワット・ロカヤ・スタと王宮


●ワット・ロカヤ・スタ
アユタヤ駅からミニバスかトゥクトゥクで10分です。
王宮跡やウィハーン・プラモンコンボーピットの裏手です。
ワットというのは、「寺」を意味しますが、このワット・ロカヤ・スタには、本堂などの建物はありません。
ガランとした草むらに「寝釈迦仏像」がまさしくごろんと横たわっていらっしゃるだけです。
この仏像は1956年に復元されたもので、白くて美しいお姿です。
高さは5m、長さは28mという巨大なお釈迦さまです。
手足をゆっくりと伸ばしているその姿はアユタヤの青い空の下でなんともいえない穏やかです。
みている者の気持ちまで和ませてくれます。
ビルマ軍の侵略によって、今では見る影もない跡地となってしまった王宮跡、そして今ものんびりと横たわる寝釈迦仏像、そしてその仏像の前では、お土産屋さんが軒を並べます。
長い歴史と現代がゆっくりと共存するこの空間に立つと、なんだかゆったりとした気持ちになるから不思議です。

●王宮
アユタヤ駅からミニバスかトゥクトゥクで15分です。
ワット・プラシーサンペットの北側にあります。
アユタヤ王朝を築いた初代ウートン王は、はじめワット・プラシーサンペット内に王宮を築きました。
しかし1426年に火災で焼失してしまったことから、9代目のトライローカナート王が現在のこの地に再建したのです。
1767年のビルマ侵略により、ワット・プラシーサンペットともども徹底的に破壊されました。
しかしその跡から、かなり巨大な王宮だったことが推測されます。
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ワット・プラマハート


「ワット・プラマハート」はアユタヤ駅からミニバスか、トゥクトゥクで5分ほど行くとあります。
ここは、3代目のボーロマラーチャー一世によって1374年に建立されたワット(寺院)です。
仏舎利をおさめるために造られた寺院で、かつては尖塔の頂上が金色に輝いていたそうです。
しかしこのワット・プラマハートも、他のアユタヤ遺跡の数々と同様、ビルマ(現在のミャンマー)によって、散々に破壊されました。
現在は、木の根の間に埋め込まれた仏像の頭や、頭部がない仏像などがその悲しい歴史を伝えています。

1956〜1957年に、アユタヤの歴史的建造物の修復を進める文芸省芸術局は、大規模な発掘調査を行いました。
仏塔を修復しようとする動きが高まりつつあったのです。
その際に、地下から貴重な財宝の数々が発見されました。
当局は、これらを納める博物館の必要性を感じ、発掘品の一部を売って資金を作り、博物館を造りました。
それが現在のチャオ・サン・プラヤー国立博物館です。

1961年オープンの1号館には、装飾品などの古美術が、また1970年オープンの2号館には、仏像を中心に展示しています。
高度な技術を駆使したかつての装飾品を前にすると、かつてのこの王朝がいかに繁栄していたのかを実感します。

チャオ・サン・プラヤー国立博物館は、アユタヤ駅からミニバスか、トゥクトゥクで10分ほどです。
ワット・プラマハーやワット・ラチャブラナといった破壊された寺院から出土された貴重な出土品を展示します。
ロリャナ通り沿いの、池に囲まれたなかに建てられています。
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ウィハーン・プラ・モンコン・ボーピット


アユタヤ王朝の数々の貴重な遺跡のなかでも、ワット・プラシーサンペットと、ウィハーン・プラモンコンボーピットは特に重要といわれます。
四方をチャオプラヤー川とその支流で囲まれた島状のアユタヤ遺跡の中央部からやや西寄りで、3基のセイロン(現在のスリランカ)様式の仏塔が印象的なのが、ワット・プラシーサンペットです。
この寺院は王宮のすぐ北側に建てられました。
かつては金色に輝く巨大な仏像を納めていたといわれますが、現在は、石灰によって白くなってしまった仏塔を残すばかりです。

一方、王宮の南側にあるのが、ウィハーン・プラ・モンコン・ボーピットです。
ミャンマーからの寄付によって再建されました。ミャンマーは、かつてのビルマです。
昔のことですが、アユタヤ王朝を滅亡へと追いやった張本人です。
寺院の前には大きな駐車場があり、みやげ物屋さんが軒を連ねます。
現在、本尊として、19メートルのブロンズ像を安置しています。
タイで最大の仏像といわれ、アユタヤ一の観光名所となっています。
この像は、15世紀にラーマティボディ2世によって造られ、1603年にこの寺院に安置されました。
境内には、仏教大学や研究所などもあったといいますが、これらもすべてビルマ軍によって破壊されてしまいました。
再建された今では、美しい姿で人びとを魅了しています。
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アユタヤへのアクセス


アユタヤの中心部は、東西約7キロ、南北約4キロです。チャオプラヤー川とその支流に四方を囲まれ、ちょうど島のような形状をなしています。
遺跡全体は、暑さのなか大変ですが、歩いてまわることも可能ではないでしょうか。
アユタヤへの交通手段は、主に鉄道、バス、およびロット・トゥーになります。

バス
エアコンバスは、6:00〜18:00、30分間隔で運行されています。所要時間は約1時間30分です。料金は38B程度でしょう。
また、ノンエアコンバスは、5:00〜20:20、20分間隔で運行です。所要時間は約2時間。料金は16Bです。
アユタヤでは、バスターミナルは、島内ではチャオ・プロム市場近く、島外では東方の国道32号線近くの2箇所になります。
共に、バンコクの新北ターミナル発です。

ロット・トゥー
バンコクからアユタヤへは、バンコクの戦勝記念塔から30分間隔で運行されています。
所要時間は約1時間30分です。
料金は60B程度。
また、バンコクの南バスターミナルからも30分間隔で運行。
所要時間は約2時間、料金は40Bです。
いずれもアユタヤのチャオ・プロム市場に到着します。
一方、バンコク行きのロット・トゥーは、チャオ・プロム市場から出ています。

鉄道
バンコクのホアランポーン駅から北線または東北線でアユタヤ駅まで行きます。所要時間は約1時間30分です。料金は3等で13B程度です。
アユタヤの鉄道の駅は、島の外側、パサック川を隔てた対岸にありますので、駅から遺跡までは渡し舟をつかっていくことになります。
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アユタヤクルーズ


アユタヤは川で四方を囲まれた、島のような地域です。
タイの首都バンコクとは川で結ばれています。
もちろん、バンコクからバス、鉄道、ロット・トゥーを使っていくこともできますが、ちょっと優雅に川を船で行くというのもいいかもしれませんね。

バンコクでの混雑、渋滞にうんざりした方も、のんびりと船で川を行くことでゆったりとした気持ちになるかもしれませんね。
アユタヤの悠久の歴史を川は知っています。王朝が栄え、そして滅びる時代の流れのなかで人間が失ってしまったものを自然はずっと保ってきたのですね。

アユタヤには、数軒の水上レストランがあります。
水の都アユタヤを満喫しながら食事を楽しむことができます。
夜、川沿いのナー・ワン広場でビールを一杯、屋台の食事も捨てたものではありませんよ。

観光つきの1日クルーズが催行されています。
ご参考までに幾つかご紹介しましょう(詳細など変更していることも考えられますので、必ずご確認ください)。

●パンダバス・アユタヤ・クルーズ PANDA BUS
電話:02-634-7155~7
FAX:02-634-7158
毎日催行。
出発は各ホテルからピックアップまたはHモンティン。
昼食つき。
行きは日本語定期観光バス、帰りが船になります。

●リバー・サン・クルーズ RIVER SUN CRUISE
電話:02-266-9316
FAX:02-234-2250
毎日催行。
出発は、SCリバー・シティから。
昼食つき。
行きはエアコンつき車両で、帰りのみ船となります。

●オリエンタル・クイーン ORIENTAL QUEEN
電話:02-236-0400
FAX:02-236-1939
毎日催行。
Hオリエンタル 出発。
昼食つきで、帰路はエアコンつき車両になります。

●チャオ・プラヤー・エクスプレス・ボート CHAO PHRAYA EXPRESS BOAT
電話:02-225-3002〜3
FAX:02-225-3002
日曜催行。
出発はマハラートMAHARATから。
交通のみです。
往復とも船です。
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